賃貸経営の相談で最初に出てくる数字は、たいてい表面利回りです。「利回り8%だから良い物件」という会話が成立してしまいます。
しかし表面利回りは、経費・空室・返済をいっさい含まない数字です。これだけで判断すると、帳簿上は黒字なのに手元に現金が残らない、という状態になります。
この記事では、押さえるべき4つの数字と、それぞれの計算方法・目安を整理します。
数字1|表面利回り(グロス)
年間の満室想定家賃収入 ÷ 物件価格 × 100
物件価格5,000万円、家賃6万円×8室(年576万円)なら、表面利回り11.5%です。
この数字の役割は「候補を並べて比較する」ことだけです。経費も空室も含まないため、実際の収益とは大きくずれます。ここで判断してはいけません。
数字2|実質利回り(ネット)
(年間家賃収入 − 年間経費)÷ 物件価格 × 100
経費を引いた数字です。ここで問題になるのが「経費をいくらで見積もるか」です。
年間経費の内訳と目安
| 項目 | 年額の目安(家賃収入576万円のモデル) |
|---|---|
| 管理委託料(家賃の5%) | 28.8万円 |
| 固定資産税・都市計画税 | 30〜60万円 |
| 火災保険・地震保険 | 3〜8万円 |
| 共用部の電気・水道 | 6〜12万円 |
| 清掃・点検 | 10〜20万円 |
| 除排雪(札幌) | 10〜30万円 |
| 原状回復(年2室想定) | 20万円 |
| 修繕・設備交換の積立 | 40〜60万円 |
| 広告料(AD) | 10〜15万円 |
| 税理士費用等 | 5〜15万円 |
| 合計 | 160〜270万円 |
家賃収入576万円に対して、経費率はおおむね28〜47%。一般に言われる「経費率15〜25%」は、修繕の積立を含めていない数字であることが多いのです。
札幌では除排雪の費用が上乗せされます。これは他地域の収支モデルには存在しない項目で、年10〜30万円——管理委託料に匹敵する規模です。全国向けのシミュレーションをそのまま使うと、この分だけ楽観的な数字になります。
空室も織り込む
満室想定のまま計算するのは非現実的です。稼働率90%(年間で1.2室分が空室)を前提にすると、収入は576万円→518万円になります。
この条件で実質利回りを出すと——
- (518万円 − 200万円)÷ 5,000万円 × 100 = 実質利回り6.4%
表面11.5%が、実質6.4%になりました。この差が「見えていない部分」です。
数字3|返済比率
年間のローン返済額 ÷ 年間の満室想定家賃収入 × 100
賃貸経営で最も危険なのは、返済比率が高すぎることです。空室が増えたときに耐えられなくなります。
| 返済比率 | 評価 | 耐えられる空室率の目安 |
|---|---|---|
| 40%以下 | 安全 | かなりの空室に耐えられる |
| 40〜50% | 一つの目安 | 空室率20%程度まで |
| 50〜60% | やや高い | 空室率10%程度が限界 |
| 60%超 | 危険 | ほぼ満室が前提。修繕費も出せない |
返済比率50%以下が一般的な目安とされます。これは「家賃の半分は経費と修繕と手残りに回せる」という状態です。
先ほどのモデルで、4,000万円を金利2%・期間25年で借りた場合、年間返済は約203万円。返済比率は約35%です。
数字4|手残り(キャッシュフロー)
最終的にこれが全てです。
家賃収入 − 経費 − ローン返済 − 税金 = 手残り
モデルで計算します。
| 項目 | 年額 |
|---|---|
| 家賃収入(稼働率90%) | 518万円 |
| 経費 | ▲200万円 |
| ローン返済 | ▲203万円 |
| 税引前の手残り | 115万円 |
| 所得税・住民税(概算) | ▲30〜50万円 |
| 手残り | 65〜85万円 |
物件価格5,000万円、表面利回り11.5%の物件で、年間の手残りは65〜85万円。月あたり5〜7万円です。
この数字が現実です。表面利回りの印象とは相当な開きがあります。
見落とされやすい3つの落とし穴
落とし穴1|減価償却が終わると税負担が跳ね上がる
減価償却費は現金の支出を伴わない経費です。木造なら22年で終わります。
終了すると、帳簿上の利益が急増し、税金が増えます。しかもローンの返済は元本部分の比率が上がっているため、「税金は増えるのに現金は減る」という状態になります。これがデッドクロスです。
木造アパートを新築で持つなら、23年目に何が起きるかを最初に計算してください。
落とし穴2|大規模修繕が織り込まれていない
築10〜15年で外壁・屋根の工事が必要になり、数百万円規模の支出が発生します。毎年の手残りから積んでいなければ、借入か持ち出しになります。
先ほどのモデルの手残りは年65〜85万円。ここから修繕を積むと、実質的な手取りはさらに減ります。経費の内訳に「修繕の積立40〜60万円」を入れておいたのは、このためです。
落とし穴3|金利上昇
変動金利で借りている場合、金利が1%上がると返済額は大きく変わります。4,000万円・25年の借入で、金利2%→3%なら年間返済は約203万円→約228万円。年25万円、手残りの3割が消えます。
金利が1%上がっても回るか——この計算は必ずしておいてください。
収支シミュレーションの作り方
表計算ソフトで作れます。次の順序です。
- 満室想定の年間家賃収入を出す
- 稼働率を90%で掛ける(強気にしない)
- 経費を項目別に積み上げる——率ではなく金額で。札幌なら除排雪を必ず入れる
- 修繕積立を家賃収入の10〜15%で計上する
- ローン返済を引く
- 税金を概算で引く
- 1〜30年の推移を作る——減価償却の終了、大規模修繕の年、金利上昇を織り込む
7番が最も重要です。単年度の収支は誰でも作りますが、賃貸経営の判断は20〜30年のスパンでしか下せません。手残りがマイナスになる年がどこにあるか——それを事前に知っておくことが、この作業の目的です。
管理会社に聞いて数字を埋める
シミュレーションの精度は、経費の見積もり精度で決まります。次を管理会社に聞いてください。
- この規模の物件で、年間の経費は実績値でいくらですか(項目別に)
- 除排雪の費用は年間いくらですか。降雪量で変動しますか
- このエリアの稼働率の実績は何%ですか
- 原状回復は1室あたり平均いくらですか
- 築◯年のこの構造で、今後10年に必要な修繕は何ですか
実績値で答えられる会社は、数字を管理しています。「一般的には◯%くらいです」としか答えられない会社は、自社の物件の実績を集計していない可能性があります。
まとめ
- 表面利回りは比較用の数字。判断には使わない
- 経費率は修繕積立を含めると28〜47%。札幌は除排雪で年10〜30万円が上乗せされる
- 稼働率は90%で見積もる。満室想定のままでは判断を誤る
- 返済比率は50%以下が目安。60%超はほぼ満室が前提になり危険
- 落とし穴は、減価償却の終了(デッドクロス)・大規模修繕・金利上昇の3つ。いずれも時期は事前に読める
- シミュレーションは単年度ではなく20〜30年の推移で作る
数字は不安を減らすための道具です。手残りが月5万円と分かっていれば、その前提で判断できます。まずは今の物件の実質利回りと返済比率を計算してみてください。管理会社に経費の実績値を聞くところから始められます。




