賃貸経営の収支計画で最も甘くなりやすいのが修繕費です。家賃収入とローン返済は毎月同じ額ですが、修繕費は数年に一度、まとまった額でやってきます。
「今月は黒字」を積み重ねていても、10年目の外壁工事で一気に持っていかれる——これが賃貸経営で最もよくある資金繰りの失敗です。この記事では、修繕費を3種類に分けて周期と金額を見積もり、いくら積んでおけばよいかを具体化します。
修繕費は3種類に分けて考える
| 原状回復 | 設備交換 | 大規模修繕 | |
|---|---|---|---|
| 発生タイミング | 退去のたび | 設備の寿命ごと | 10〜15年周期 |
| 1回の金額 | 5〜20万円/室 | 5〜30万円/台 | 数百万円〜 |
| 予測のしやすさ | やや難しい(退去は読めない) | 読める(設置年から逆算) | 読める(周期が決まっている) |
| 敷金で賄えるか | 一部のみ | 不可 | 不可 |
読めるものが2つある——ここが計画の出発点です。設備交換と大規模修繕は、設置年と築年数から逆算できます。読めるものを読まずに驚くのは、計画がないだけです。
1|原状回復——敷金では足りない
退去のたびに発生します。金額は室内の状態と入居年数によりますが、ワンルームで5〜15万円、ファミリータイプで10〜25万円が一つの目安です。
ここで重要なのは、敷金で全額を賄えるわけではないという点です。
| 費用の性質 | 負担者 |
|---|---|
| 経年劣化・通常損耗(日焼けによるクロスの変色、家具設置の跡など) | オーナー |
| 入居者の故意・過失による損傷(タバコのヤニ、ペットの傷、掃除不足のカビなど) | 入居者 |
| 次の入居者のためのグレードアップ(設備の入替、間取り変更) | オーナー |
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」でこの区分が整理されており、通常損耗の回復費用は賃料に含まれているという考え方が基本です。敷金1か月分では、実際の工事費を下回ることのほうが多いと考えてください。
年間の見積もり方
退去率から逆算します。賃貸住宅の平均入居年数はおおむね4年前後とされており、単純化すると年間の退去率は25%程度です。
8室の物件なら、年に2室前後の退去。1室あたり10万円なら年20万円が目安になります。
2|設備交換——設置年から逆算できる
設備には寿命があります。おおよその目安です。
| 設備 | 交換の目安 | 1台あたりの費用目安 |
|---|---|---|
| 給湯器 | 10〜15年 | 10〜25万円 |
| エアコン | 10〜15年 | 7〜15万円 |
| 換気扇・レンジフード | 10〜15年 | 3〜8万円 |
| ガスコンロ・IHヒーター | 10〜15年 | 5〜15万円 |
| 温水洗浄便座 | 7〜10年 | 3〜6万円 |
| インターホン(モニター付) | 10〜15年 | 3〜8万円 |
| 受水槽・ポンプ | 15〜20年 | 数十万円〜 |
ここに落とし穴があります。新築時に一斉に設置した設備は、一斉に寿命を迎えます。8室の物件で給湯器が同時期に設置されていれば、築12年前後に8台分——100〜200万円がまとめて発生する可能性があります。
これを避けるには、設備の設置年リストを作り、寿命の近いものから計画的に前倒しで交換するのが有効です。壊れてからの緊急交換は、選択肢がなく割高になり、しかも賃料減額のリスクを伴います(設備が使えない期間の賃料は法律上減額されます)。
札幌で特に注意する設備
寒冷地では次の設備が追加で必要になり、これも寿命があります。
- 凍結防止帯(ヒーター):10年前後。冬前の通電確認は毎年必須
- 暖房設備(FF式ストーブ・パネルヒーター):10〜15年
- 灯油タンク・配管:15〜20年。腐食による漏油は土壌汚染に発展しうる
- 屋根の融雪設備:設置している場合は10年前後
これらは冬に壊れると即座に生活に支障が出るため、対応の緊急度が高く、費用も高くつきます。点検と交換は必ず秋までに行ってください。
3|大規模修繕——最も金額が大きい
建物全体に関わる工事です。10〜15年周期が一般的です。
| 工事 | 周期 | 費用の目安 |
|---|---|---|
| 外壁の塗装・補修 | 10〜15年 | 木造アパートで100〜300万円 |
| 屋根・屋上の防水 | 10〜15年 | 50〜200万円 |
| 共用部の鉄部塗装(階段・手すり) | 5〜10年 | 20〜80万円 |
| 給排水管の更新 | 20〜30年 | 規模による |
足場の設置費用が全体の20〜30%を占めるため、外壁と屋根は同時に行うほうが総額を抑えられます。個別に発注すると足場代を2回払うことになります。
いくら積めばいいか
ここが結論です。上の3種類を合算し、家賃収入に対する比率で管理するのが実務的です。
家賃6万円×8室(年間収入576万円)、木造アパートのモデルで、20年間に必要な修繕費を積算します。
| 項目 | 20年間の想定 | 金額 |
|---|---|---|
| 原状回復 | 年2室×20年=40室分×10万円 | 400万円 |
| 設備交換 | 給湯器・エアコン等を各室2回転 | 350万円 |
| 大規模修繕 | 外壁+屋根を2回(12年目・24年目のうち1回+部分補修) | 300万円 |
| その他(共用部・小修繕) | 年10万円×20年 | 200万円 |
| 合計 | 1,250万円 |
20年で1,250万円。年間に直すと約62万円。年間家賃収入576万円に対して約11%です。
建物の構造や築年数によって幅はありますが、家賃収入の10〜15%を修繕のために確保しておく——これが実務的な目安になります。築年数が進むほど比率は上がります。
「積む」とは口座を分けること
比率を決めても、同じ口座に置いていれば使ってしまいます。修繕用の口座を分け、毎月自動振替で移す——これだけで実行率が変わります。分譲マンションの修繕積立金と同じ発想です。
資金繰りが詰まる3つのタイミング
賃貸経営で現金が足りなくなるのは、次の3つが重なるときです。
タイミング1|築10〜15年の大規模修繕
最も大きな支出です。この時期に設備の一斉交換が重なると、200〜500万円規模になります。しかも築年数が進んで空室が増え始める時期でもあります。
タイミング2|デッドクロス(減価償却の終了)
木造なら築22年で減価償却が終わります。現金は出ていかないのに経費が消えるため、帳簿上の利益が急増し、税負担が跳ね上がります。
同時に、ローンの返済は元本部分の比率が上がっているため、「税金は増えるのに手元に残る現金は減る」という状態になります。
タイミング3|繁忙期を逃した空室
札幌では3月末に決まらなかった部屋が長期化します。複数室が同時に空くと、月々のキャッシュフローが一気にマイナスに振れます。
この3つは重なると危険です。築10〜15年で大規模修繕、築20年台前半でデッドクロス——時期は事前に分かっているので、逆算して備えられます。
税務との関係──同じ工事でも扱いが違う
修繕費として支出しても、税務上は2つに分かれます。
- 修繕費:その年の必要経費。全額がその年の節税につながる
- 資本的支出:資産に計上し、耐用年数にわたって減価償却
国税庁の通達では、1件20万円未満、またはおおむね3年以内の周期で行われる修理は修繕費として扱えるとされています。判定が難しい場合は、60万円未満またはその資産の前年末取得価額のおおむね10%以下であれば修繕費とすることができます。
実務的な意味はこうです。「今年は利益が出たから大規模修繕をして節税しよう」と考えても、資本的支出に該当すればその年の節税効果は限定的になります。工事の計画を立てる段階で税理士に確認する価値があります。
管理会社に確認すること
- この建物で、今後5年に必要になる修繕を挙げてください
予防保全の発想があるかが分かります。 - 各室の設備の設置年を一覧にしてもらえますか
一斉交換の時期を把握するための基礎データです。持っていない会社なら、次の退去時から記録を始めてもらってください。 - 大規模修繕の見積もりは何社から取りますか
金額が大きい工事ほど、相見積もりの有無が総額に直結します。 - 外壁と屋根はまとめて発注できますか
足場代の重複を避けられるかの確認です。
まとめ
- 修繕費は原状回復・設備交換・大規模修繕の3種類。後者2つは設置年と築年数から予測できる
- 原状回復は敷金では賄いきれない。通常損耗はオーナー負担が原則
- 新築時に一斉設置した設備は一斉に寿命を迎える。設置年リストを作り、計画的に前倒し交換する
- 外壁と屋根は同時発注で足場代の重複を避ける
- 目安は家賃収入の10〜15%を修繕用に確保。口座を分けて自動振替にすると実行できる
- 資金繰りが詰まるのは、築10〜15年の大規模修繕、デッドクロス、繁忙期を逃した空室の3つ。いずれも時期は事前に分かる
- 税務上、修繕費と資本的支出では節税効果のタイミングが違う。大きな工事は事前に税理士へ
修繕は突然やってくるものではなく、来ることが分かっているものです。まずは各室の設備の設置年を一覧にするところから始めてください。それだけで、今後5年の支出がかなり見えるようになります。




