家賃滞納は、起きる確率だけ見ると大きな問題に思えません。日本賃貸住宅管理協会の調査では、2か月以上の滞納が発生している割合は1%台で推移しています。100室あって1〜2室という水準です。
にもかかわらず滞納が怖いのは、1件あたりの損害が桁違いに大きいからです。滞納は「頻度は低いが、起きると深い」タイプのリスクで、対策の考え方が空室対策とはまったく違います。
1件の滞納で、実際にいくら失うか
家賃6万円の部屋で、入居者が支払いを止めたケースを時系列で追います。
| 経過 | 状況 | 累計の損失 |
|---|---|---|
| 1か月目 | 入金なし。督促開始 | 6万円 |
| 3か月目 | 信頼関係が破壊されたと評価できる目安。契約解除の通知 | 18万円 |
| 4〜5か月目 | 任意の明渡し交渉が不調なら、明渡し訴訟の提起 | 24〜30万円 |
| 6〜7か月目 | 判決。それでも退去しなければ強制執行の申立て | 36〜42万円+訴訟費用 |
| 8か月目〜 | 強制執行。残置物の搬出・保管費用が発生 | 上記+執行費用20〜50万円 |
| 明渡し後 | 原状回復。滞納者の部屋は状態が悪いことが多い | 上記+原状回復費 |
合計で100万円前後になることも珍しくありません。しかも、この間その部屋は募集できません。家賃6万円の部屋が生む年間収入は72万円ですから、1件の長期滞納で1年半分以上の収益が消える計算です。
ここで重要なのは、この損失の大部分は「時間」から生まれているという点です。3か月目に動く会社と、6か月目にやっと動く会社では、最終的な損失が倍以上違います。管理会社の回収力とは、督促の強さではなく初動の速さのことです。
「勝手に追い出す」ことはできない
大前提として、滞納があってもオーナーや管理会社が自力で退去させることは違法です。次の行為は不法行為となり、逆に損害賠償を請求される可能性があります。
- 鍵を交換して入室できなくする
- 荷物を勝手に運び出す
- ライフラインを止める
- ドアに張り紙をして周囲に知らせる
また、管理会社が法的な債権回収を代理することもできません。弁護士法72条により、報酬を得て他人の法律事務を扱えるのは弁護士等に限られるためです。管理会社ができるのは、あくまで事実上の督促と、明渡し手続きにおけるオーナーの補助です。
だからこそ、「訴訟が必要になったとき、どの弁護士とどう連携するのか」まで確認しておく必要があります。
保証会社に入っていても埋まらない3つの穴
現在、賃貸借契約の多くで家賃債務保証会社が利用されています。国土交通省の調査でも、賃貸借契約の大半が何らかの保証を求めており、そのうち相当数が保証会社を利用しています。「保証会社に入っているから安心」と考えるオーナーは多いのですが、次の3点は保証の外側にあります。
穴1|保証の対象範囲が契約ごとに違う
保証会社のプランによって、カバーされる範囲は大きく異なります。
| 項目 | カバーされるか |
|---|---|
| 滞納家賃 | ほぼ全プランで対象(上限月数の定めあり) |
| 共益費・駐車場代 | プランによる |
| 原状回復費 | 対象外のプランが多い |
| 明渡し訴訟の費用 | プランによる。上限額の定めあり |
| 残置物の撤去費用 | 対象外または少額 |
「保証会社に入っている」だけでは何も分かりません。どの会社の、どのプランか。上限月数は何か月か。この2点を管理会社に確認してください。
穴2|保証契約が切れていることがある
保証会社との契約には更新(保証委託契約の更新料)があります。入居者が更新料を払わなければ、保証は失効します。入居から数年経った部屋で、保証が切れていることに滞納が起きて初めて気づく——これが最も多いパターンです。
管理会社に聞くべきはこの一点です。
「保証会社の保証期間の管理はどうしていますか。失効している入居者はいませんか」
穴3|代位弁済されても部屋は空かない
保証会社が家賃を立て替えても、入居者は住み続けています。保証会社が求償と明渡しに動くペースは会社によって差があり、その間その部屋は募集できません。お金は入るが部屋は塞がったままという状態が続きます。
個人の連帯保証人は「極度額」がないと無効
保証会社を使わず、親族などの個人を連帯保証人にしている契約では、2020年4月1日の民法改正が決定的に効いてきます。
個人が保証人になる根保証契約——賃貸借契約の連帯保証はこれにあたります——では、保証人が負う上限額である「極度額」を契約で定めなければ、保証契約そのものが無効になります。
つまり、2020年4月1日以降に締結・更新した契約で、契約書に極度額の記載がなければ、連帯保証人に一切請求できません。古い書式を使い回している会社では、実際にこの不備が起きています。
自分の物件の契約書を確認してください。「極度額 金◯◯円」という記載があるかどうか、それだけです。記載がなければ、その連帯保証人は存在しないのと同じです。
管理会社の回収力を測る5つの質問
面談で次の5つを聞いてください。回答が日数と行動で返ってくるかどうかが判断基準です。
- 入金の確認は毎月何日に行い、未入金者への連絡は何日目にしますか
理想は入金期日の翌営業日に確認、その日のうちに連絡です。「月末にまとめて」という会社は、初動が1か月遅れます。 - 連絡がつかない場合、次に何をしますか。それは何日目ですか
電話 → SMS・メール → 書面 → 訪問 → 連帯保証人・緊急連絡先へ連絡、という段階が日数付きで出てくるかを確認します。 - 何か月の滞納で契約解除の手続きに入りますか
3か月が一つの目安です。「オーナー様のご判断で」とだけ答える会社は、判断の材料も出してこない可能性があります。 - 訴訟が必要になったとき、提携している弁護士はいますか。費用はどう分担しますか
ここを事前に決めていない会社だと、いざというときに手続きが止まります。 - 現在管理している物件で、3か月以上の滞納は何件ありますか
最も重要な質問です。数字で答えられる会社は、滞納を管理指標として追っています。答えられない会社は、追っていません。
契約前にオーナー側で決めておくこと
管理を委託する時点で、次の3つを取り決めて書面に残してください。
| 取り決め | 決めておく内容 |
|---|---|
| 解除の判断基準 | 何か月の滞納で契約解除に進むか(例:3か月) |
| 報告のタイミング | 滞納が発生した時点で即報告か、1か月経過後か |
| 法的手続きの費用負担 | 弁護士費用・訴訟費用を誰が負担するか |
特に報告のタイミングは重要です。3か月経ってから「実は滞納が続いていまして」と言われるのが、最も避けたい事態です。
まとめ
- 2か月以上の滞納が起きる確率は1%台。頻度は低いが、1件が長期化すると100万円規模の損失になる
- 損失の大部分は「時間」から生まれる。回収力とは督促の強さではなく初動の速さ
- 自力救済は違法。管理会社は法的な債権回収を代理できない(弁護士法72条)ため、弁護士との連携体制を確認する
- 保証会社があっても、対象範囲・保証の失効・代位弁済後も部屋が塞がる、の3つの穴が残る
- 2020年4月以降の契約で個人の連帯保証人に極度額の記載がなければ、その保証は無効
- 「3か月以上の滞納が現在何件あるか」に数字で答えられるかが、最も分かりやすい判断材料
滞納は起きてから対処すると必ず高くつきます。委託先を決める段階で、初動の日数と解除の基準を書面にしておいてください。




