家賃をいくらに設定するか——賃貸経営で最も収益に直結する判断でありながら、「管理会社が言ってきた金額」で決めているオーナーは少なくありません。
家賃の決め方には複数のアプローチがあり、それぞれ使うべき場面が違います。この記事では3つの方法を整理し、そのうえで「下げるべきか、待つべきか」を数字で判断する方法を示します。
3つのアプローチ
| 方法 | 考え方 | 使う場面 | 限界 |
|---|---|---|---|
| 相場比較法 | 周辺の類似物件と比べる | すべての場面で基準になる | 比較対象の選び方で結果が変わる |
| 積算法 | 投下資本と期待利回りから逆算 | 新築時・大規模改修後 | 市場が受け入れるとは限らない |
| 収益還元の逆算 | 必要なキャッシュフローから逆算 | 返済計画の検証 | 同上 |
結論を先に言えば、決めるのは相場比較法、検証するのが積算法と収益還元です。積算で出た金額を市場が受け入れなければ、その部屋は空きます。順序を逆にすると、埋まらない家賃を掲げ続けることになります。
相場比較法──比較対象の選び方がすべて
「周辺相場を調べる」と言っても、何と比べるかで結果は数千円変わります。入居希望者が実際に比較している物件を選ぶことが要点です。
比較条件の絞り方
| 条件 | 揃えるべき範囲 |
|---|---|
| 最寄駅・エリア | 同一駅、徒歩圏が近いもの |
| 間取り・専有面積 | 同じ間取りで、面積±3㎡程度 |
| 築年数 | ±5年程度 |
| 構造 | 木造/鉄骨/RCを分ける(遮音性が違うため) |
| 階数・向き | 1階と2階以上、南向きとそれ以外を分ける |
「募集中の家賃」と「成約した家賃」は違う
これが最も重要な注意点です。ポータルサイトに出ている家賃は売り希望価格であって、実際に決まった金額ではありません。長期間掲載されている物件の家賃は、市場が受け入れていない金額である可能性が高いのです。
管理会社に聞くべきはこちらです。
「このエリアの同条件の部屋が、直近半年で実際にいくらで成約しているか教えてください」
成約データを持っているのは仲介・管理をしている会社だけです。これに答えられるかどうかが、その会社の実力を測る材料にもなります。
共益費・初期費用を含めた「総額」で比べる
入居希望者が見ているのは、家賃単体ではありません。
- 家賃5.5万円+共益費5,000円=月6万円
- 家賃6万円+共益費0円=月6万円
この2つは同じです。ただし検索の絞り込みでは前者が「6万円以下」に入りやすいという違いがあります。ポータルサイトの検索条件は家賃で切られることが多いため、共益費の設定は表示戦略でもあります。
積算法──「いくら必要か」の検証
投下した資本から必要な家賃を逆算する方法です。新築や大規模改修の判断で使います。
基本の考え方はシンプルです。
(土地+建物の総投資額 × 期待利回り + 年間諸経費)÷ 12か月 ÷ 戸数 = 1室あたりの必要家賃
総投資5,000万円、期待利回り7%、年間諸経費80万円、8室で計算します。
- 5,000万円 × 7% = 350万円
- 350万円 + 80万円 = 430万円
- 430万円 ÷ 12か月 ÷ 8室 = 約4.48万円
ここで重要なのは、この計算は満室を前提にしているという点です。空室率10%を織り込むなら、必要家賃は約5万円に上がります。
そしてこの金額が相場を上回った場合、値上げの根拠にはなりません。市場は投下資本を考慮してくれないからです。積算の結果が相場を超えたなら、それは家賃設定の問題ではなく、投資判断そのものの問題です。
下げるべきか、待つべきか──損益分岐の計算
ここが実務で最も役に立つ部分です。「5,000円下げれば決まる」と言われたとき、下げるべきかを計算で判断できます。
計算式
値下げして失う額(年間)= 下げ幅 × 12か月
待って失う額= 現在の家賃 × 空室が続く見込み月数
家賃6万円の部屋で、5,000円下げるか待つかを考えます。
| 選択 | 年間の影響 | 4年間(平均入居年数) |
|---|---|---|
| 5,000円下げて即決まる | ▲6万円 | ▲24万円 |
| 据え置きで2か月待つ | ▲12万円 | ▲12万円(一度きり) |
| 据え置きで4か月待つ | ▲24万円 | ▲24万円(一度きり) |
| 据え置きで6か月待つ | ▲36万円 | ▲36万円(一度きり) |
分岐点は「4か月」です。4か月以内に決まる見込みがあるなら据え置き、それ以上かかりそうなら値下げ——というのが、この条件での計算結果です。
そして値下げの影響は次の入居者にも、その次にも続きます。一度下げた家賃を、次の募集で戻すのは容易ではありません。この非対称性が、値下げを慎重にすべき理由です。
値下げの前に試す順番
同じ「入居しやすくする」でも、コストの性質が違います。
| 手段 | コストの性質 | 6万円の部屋での例 |
|---|---|---|
| 掲載情報の改善(写真・説明文) | 一度きり・ほぼ無料 | 0円 |
| 条件緩和(ペット可・二人入居可など) | 一度きり・無料 | 0円 |
| フリーレント1か月 | 一度きり | 6万円 |
| 礼金ゼロ | 一度きり | 6万円 |
| 家賃5,000円値下げ | 継続的 | 4年で24万円 |
フリーレント1か月と家賃5,000円値下げでは、入居者の初期負担の削減効果は前者のほうが大きく、オーナーの負担は4分の1です。にもかかわらず値下げが選ばれやすいのは、単に検討されていないからです。
札幌では「3月を基準に」考える
札幌の賃貸市場は季節変動が大きく、同じ部屋でも時期によって適正家賃が変わります。
| 時期 | 需要 | 家賃設定の考え方 |
|---|---|---|
| 1〜3月 | 年間で最も高い | 強気の設定が通る時期。安易に下げない |
| 4〜6月 | 急減 | 3月に決まらなかった部屋は、条件を根本から見直す |
| 7〜9月 | やや動く | 次の繁忙期を見据え、設備投資はここまでに |
| 10〜12月 | 低い | 無理に下げず、1月からの募集準備に注力する選択もある |
実務上の含意は明確です。
- 1〜2月の値下げは慎重に——最も需要がある時期に下げると、その水準が翌年以降の基準になります
- 4月以降に決まらない部屋は、待っても状況は改善しにくい——次の山は翌年1月です。ここでは値下げやフリーレントの判断が合理的になります
- 10〜12月に無理に下げるより、1月に良い条件で出すという選択も検討に値します
更新時の家賃改定について
入居中の家賃を上げたい場合、注意が必要です。借地借家法32条により、賃料の増減額は当事者間の協議事項であり、一方的に決められるものではありません。
入居者が応じない場合、最終的には調停・訴訟になります。数千円の増額のために、退去と空室期間・原状回復費を負うのは合理的でないことが多いのが実情です。
実務的には、長く住んでいる入居者の家賃は据え置き、退去後に相場に合わせて設定し直す——という運用が現実的です。長期入居者は、空室リスクと原状回復費を発生させない点で、それ自体が価値です。
管理会社に聞くべき4つのこと
- 直近半年、このエリアの同条件の部屋はいくらで成約していますか(募集家賃ではなく成約家賃)
- この家賃で募集した場合、成約までの見込み日数は何日ですか(見込みを言えるかどうか)
- 値下げする場合、いくら下げればどのくらい早く決まると考えますか(根拠を持っているか)
- フリーレントや礼金ゼロと値下げでは、どちらが反響が増えますか(手段を比較検討しているか)
3番と4番に具体的に答えられる会社は、単に「下げましょう」と言うのではなく、選択肢を持って提案しています。ここが実力差になります。
まとめ
- 決めるのは相場比較法。積算法と収益還元は「いくら必要か」の検証に使う。順序を逆にすると埋まらない家賃になる
- 比較すべきは募集家賃ではなく成約家賃。長期掲載物件の家賃は市場が受け入れていない金額
- 共益費の設定は、ポータルサイトの検索条件に対する表示戦略でもある
- 値下げの損益分岐は「下げ幅×12か月」と「家賃×空室見込み月数」の比較。6万円の部屋で5,000円下げるなら分岐点は約4か月
- 値下げは継続的なコスト、フリーレント・礼金ゼロは一度きりのコスト。先に後者を検討する
- 札幌では1〜2月の値下げは慎重に。4月以降に決まらない部屋は次の山が翌年1月であることを前提に判断する
家賃設定は一度決めたら終わりではなく、募集のたびに検証する項目です。まずは今の管理会社に「直近の成約家賃」を聞いてみてください。答えられるかどうかで、その後の相談の質が変わります。




